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私ひとりだけの物語

今日、アイスショーを見に行って、隣がおばさんとおばあさんの間くらいの二人組だった。

その片方のひとが、わさわさと落ち着きがなくて、やだなあと思ってしまった。
なんというか、飽きてしまったんだろうなあと言う感じだった。

自分が連れてきた相方が、そんなだったらどうしようと、考えた。何も言えないかもしれない。
そして、すごく後悔すると思う。
相手に対していやな印象を持つというよりは、相手を誘った自分を責めてしまうと思う。
楽しませられなかったな、相手にも、悪いことをしたなって。

だから、ひとりのほうが、気楽だ。
おもしろくなくても、楽しくなくても、おいしくなくても、疲れても、道に迷っても、全部自分せい。自分の中だけで、すませられる。誰かに責められることもないし、たとえ計画通りにいかなくても、考え方によって、けっこうよかったなとか、思える。
当日まで何も決めないってこともできる。その日の気分で計画変更だってできる。
感想を分かちあえない寂しさは、ネットが拾ってくれる。帰り道、ついったーでつぶやいて、ほかの人の感想を覗きみる。
そうやって、どんどんひとりの時間が増えていく。

ひとりでどこへでも、行ける人になりたいと思ってた。大人になれば、段々と、ひとりになってしまうんだろうと思っていたから。

でも、実際は、年齢も環境も関係なくて、この腐った思考回路が、私をどんどんひとりにしていくみたいだ。

ひとりでどこへでも行けるようになりたい。なんでもできるようになりたい。でも、そんなの無理だ。さびしくなる、ばっかりだ。
怖いなあ。だけど、誰かといっしょにいるのも、同じくらい怖いよ。



体育会TVは、フィギュアスケートがすきだねえ。またプル様でるんだね。
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豚キムチ炒め

友だちの家で宅飲みをしたことが、何回かある。友だちの料理の腕が立ちすぎていて、宅飲みというよりホムパの域。

なんかまだ食べたいなあってときに、豚キムチ炒めならできるよ〜なんて言って、ササッと作ってくれた姿の、かっこよかったこと。
憧れ。

私は包丁もまともに扱えないやつなので、基本いっしょに台所には立たない。邪魔になる。
みんなが適度に飲んで半分眠り込んでるころ、もそもそ起きてお皿を洗ってた。

手伝いましょうかと言われて、隣に立たれて、泣きそうになった。なんでそんな、やさしいんだ。もう、もう。むかつく。
そう思いながら、お皿ふいてくださいって、言った。
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表通りで恋をする

どこか行きたい、とふと思う。

バリに行って以来、どこか行きたいと思うと、頭に浮かぶのは決まってバリの風景になってしまった。

むっとした暑さと湿気の中を、泳ぐように進みながら、目の端にうつる足元に供えられた鮮やかな花の色。
真っ青な空と、バイクの巻き上げた白い砂埃のコントラスト。
ガムランの音色が遠くから聞こえる。思い出すと今すぐ行きたくて行きたくてたまらなくなる、不思議な国。

異国の街をぶらぶら歩いて、写真をとったり、おいしいものを食べたりしたい。
だけど、ベトナムの町並みをひとりで歩いたときは、こわくてこわくてそれどころじゃなかった。立ち止まるのも、誰かに話しかけるのも、出来なかった。ただ歩いて、歩いて、ちょっと道に迷って、へとへとになった。

現実はきびしい。
自分には度胸がなくて、気が小さくて、せっかくどこかへ出かけても、やりたいことひとつ出来ない。
それどころか、旅に出ると普段は隠していられる自分の醜い部分とか、情けない部分とか、どんどんどんどん出てきて、辛い思い出になったりする。
いったいなんのために、旅に出るのかな、なんて。

どこか行きたいだなんて、不毛だ。どこへ行ったって、自分が変われるわけじゃないのに。漠然と、何か起こるような気がしてしまうだけなんだ。

何が言いたかったんだっけ。つまり、えーと、忘れてしまった。
仕事が忙しくなるから、どこか行きたい欲が高まってるのです。
現実と向き合って、向き合って、向き合って、がんばれたら、そうしたらまた旅に出よう。
-  c.0  t.0

心の中準備をしていた

フジファブリック、10周年の武道館
行ってきた。泣いた。志村さんが死んだ年のCDJくらい泣いた。

志村さんが死んだ年は、スパルタが解散した年で、サークルでやってたバンドが、解散した年で、本当につらかった。たくさん泣いた。
好きな人も、いつかはいなくなってしまって、好きなものも、いつかは終わってしまうんだと、はじめてわかった。
そんな年だった。

今でも、志村さんのことを思うと、特に、12月になると、思い出す。あの時の胸の痛み、あきらめみたいなもの。若かったなあと、笑い飛ばすことは、まだ出来ないでいる。

それがまざまざと、思い出されて、涙がとまらんかったー。なんで死んじゃったの、志村さん。

そんな、個人的につらいつらいな思いもあり、なんとなく、志村さんのことは思い出しちゃだめな気がしてた。

曲を書いてたボーカルが死んだのに、フジファブリックは歩みを止めず、しかも新しく出る曲はどれも間違いなくフジファブリックの曲で、関与してない志村さんのことが幾度となく思い出された。
CDを聴いても、ライブを見ていても、歌詞を読んでも、志村さんの存在を感じてた。
でもそれは、私の感傷でしかないのかもしれないと思ったら、恥ずかしくて、つらくて、あまり言えなかった。
山内さんだってきっと、言われたくないだろうと、勝手に思ってた。きっとたくさん、比べられて、こころない言葉も、届いているに違いないと。

でも、違った。違ったというか、違ってなかった。志村さんは、いまでもフジファブリックのメンバーで、いつも志村さんのことを思いながら、今のフジファブリックは続いていたんだ。だから、私がどうしたって志村さんの存在を感じるのも、当たり前のことだったんだ。
フジファブリックが大好きだから、志村さんのことが大好きだから、バンドを続けてるんだと、山内さんは言っていた。
その言葉、当たり前かもしれないのに、全然わかってなかった。ちゃんと山内さんの口から聞けて、うれしくて、また泣けた。

フジファブリックを終わらせないでいてくれて、ありがとう。
大好きな人はいなくなってしまうけど、大好きなものは終わってしまうけど、終わらないものもある。新しく始まるものも、ある。
そうやって続いていく。フジファブリックが、大好きなものが、ひとが、教えてくれたこと。


でもね、やっぱり、どうして死んじゃったのかなあって思う。どうして終わってしまうの、どうして変わってしまうのって。たまらなく悲しいときもある。
まあ、それは、仕方ないよね。
音楽  c.0  t.0

美少女の美術史

窓際で仕事をしていたら、声をかけられて、何か謝られているような気がしたけれど、午前の陽のひかりにすけるあなたの髪がきらきらきれいで、何も聞いていませんでした。


ってそれあかんやん。仕事中やで!がんばれ!しあわせの後に自己嫌悪くるんだから、色恋に溺れるのもそこそこにしておきなさい。

前にも進めないし、戻れなくもなってきた。こまったねこれは。


静岡県立美術館に美少女の美術史という展示を見に行ってきました。昔から、みんな美少女がすきね。わたしもすきだよ!

行って思ったのは、自分もかつて少女だったのだなーということ笑
美少女にこめれた少女らしさは、美少女でもないのに、なんだかうとましい旧友のようだなあということ。

いいところばかり、抜け落ちて、いやなところばかり、残ってしまう。
女生徒の、くるくるめまぐるしく変わる思考回路は、今の私と大して変わらなくてがっかりする。
世界中を愛せそうな気がした三分後にはなにもかも汚くて消えてしまいたくなったりして。だいきらいって言ったのに、ご飯食べ終わってみたらやっぱりだいすきって思ったりとか。
かつて少女だったひとと、そうでないひと、少女へのひかれ方は違うんじゃないかなあ。

鈴木春信の浮世絵がすき。昔、ゼミの先生が教えてくれたのです。みんな美人。着物の風をうける様子とか、ぎゅっとおされてでこぼこした紙面とか、素敵です。その絵でシルクスクリーン体験をしました。

静岡県立美術館とてもいいところだった。高台でながめのよい場所にあって、おしゃれなカフェなんかも入っていて。県立なのにすごいや。

とてもおもしろい旅だった。展示を目的に旅行、中々よいかもしれない。
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The Long And Winding Road

フィギュアスケート好きになったのがソチ前だったから、ソチが終わればこうなるとは覚悟していたけど、それでもそれでも寂しくてたまらない。゜(゜´Д`゜)゜。

高橋大輔の引退。
穏やかな表情だったけど、プロスケーターだとか、指導者だとか、そんな第二の人生へ歩み出すわけではない。歩み出す方向すらまだ見えてない。
その方向を探すための、引退なんだあ。

まだ、現役に未練がありますと、言うのはずるいという人もいるようだけど、あったりまえやないかーーーー!!!と思う。
生半可な気持ちでやってきたわけじゃないから、余計にそうなんだろーが!!!!と、思う( ; _ ; )

楽しかった、素晴らしかったと、きれいに引ける幕ばかりじゃないよね。人生をかけて追いかけてきたものだから、きっと大好きなんだけど、大切なんだけど、死ぬほどつらい思いも、たくさん味わってきたんだろう。

だから、迷うのは、当たり前で。
けろっと戻ってきてくれたっていいんだよ?
でも、スケートと距離を置く人生を選ぶ権利も、彼にはあるんだということを忘れないでおきたい。
ゆっくり考えることも、彼の状況だと難しいのだと思うから。

引退を宣言するのには、勇気がいったとおもう。リークした自称関係者も、なんなんだよって、思う。
まだ目標も、見つけられずに。これからも一生、その存在が大きすぎて、離れられないかもしれないのに。

忘れられるものなんだろうか?
万雷の拍手を。立ち上がる観客の波と歓声を。たった数分間にすべてをかけた、真っ白なリンクを。
私にはわからない。一生わからない、手に入らない世界だ。だから思いを馳せると、とほうもなさすぎて泣きそうになってしまう。

全日本選手権を見に行って、みんなすべてをなげうって、ぼろぼろになりながら戦う姿を目の当たりにして、スポーツってこんなに残酷で辛いものなのかと、感動しながらも思った。そこで戦ったことのない人間に、とやかくいう権利なんてそもそもない。わかることなんて、なにひとつないんだ。
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幸福な食卓

先日、職場のだいすきな先輩のおうちにお呼ばれしてきた。奥さんの手料理でもてなされて、ひさしぶりーにたくさん食べた。食べた。
最近地味にダイエットしていて、ずっとばんごはん食べて無かったから、この間ちょっと外食したらお腹痛くてたまらなかったんだけど、
でも今日はお腹痛くならなかったよ。手料理だからかしら。

料理がつくれるってほんとすごい。私は食べることがすきだから、おいしいものを食べていると幸せだから、そう思うのかなあ。
先輩の毎日持ってくるお弁当を思う。幸せのはしっこをわけてもらったみたいな気分になった。

うーん、料理できるようになりたいな。そしていつか、幸福な食卓に、だいすきなメニューを並べるのだ。
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全てを、銀に、染めてしまう

とってもきれいなイヤリングを買ってしまった。とんでもなく気持ちがぐっしゃぐしゃだったのに、その作品たちを見てたら、すーっと心が落ち着いた。
ひとつひとつ手芸糸を編んで作ったモチーフがついていて、指輪も、ピアスも、ネックレスも、かわいらしくて、そこだけぱっとあかるくて、はなばたけみたいだった。

散々悩んで、小さなおはながわっかになっているものと、レースがおはなの形に編まれているはしっこにちょうちょが止まっているものの、二個セットを買った。
ちいさくて、かわいらしくて、いつまでもいつまでも見つめていたいような気持ちになる。
そしたらなんだか自分のぐしゃぐしゃの気持ちとか、態度とかぜーんぶいやになってしまって、なんだか涙が出そうになった。

だめだなあ、自分。やさしいイヤリングを前にして反省する。見たこともない細やかな手つきを夢想する。遠く気持ちがおよいで、消えてしまいたくなる。

でも今日は、がんばったから。だからつらいんだろうな。
ほんのすこしなのに、真剣になれば腹が立つし、がんばったぶんだけくやしい。悩んだぶんだけかなしくて、認められたくてたまらない。
努力することをおそれないって、すごく難しい。でも、真剣にならないと、なにも手に入らないんだ。

とてもがんばってる、あの子に教えてもらった。
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NICO武道館リベンジと夏の思い出

NICO武道館いってきました。
前回のリベンジだって聞いたら、いてもたってもいられなくなって、久々にワンマンのチケットをとりました。

だってわたしも悔しかったから!
満員とは程遠い、座席に黒い幕がはってあるの、メンバーからはどんなふうに見えたんだろう。
その数日後にサカナクションの初武道館に行ったけど、そっちは正真正銘満員御礼で、それもまた悲しかったなあ。

今回は満員御礼で、立ち見までいました。わたし自身も追加席だったから、ステージの真横…
でもメンバーすごく近いしドラムも良く見えるしラッキーだったやもしれぬ\(^o^)/
ライブの構成は、前半ライブの定番の曲→後半最近の曲、て感じかな。後半はわからない曲多数\(^o^)/でもすごくいい曲ばっかりで驚いた。あー、ちゃんと聴こう。
懐かしい曲をやられると、やっぱり嬉しくなるけど、それだけじゃダメだと思う。過去の曲がどんなにかっこよくたって、まだまだ現役のバンドは、やっぱり新曲がかっこよくてなんぼなんだよ。
だから、新しい曲たちがかっこいいというのが何より嬉しかった。

NICOがタイアップを取る度、毎回毎回、どっかーんと売れることを期待して、そうでもない結果に、なんでかなあ、こんなにいいバンドなのになあと、もどかしい気持ちになっていたけれど
でもきっとそれはもちろんメンバーやスタッフのほうが強く思っていたはずで、辛いときや、腹立たしいときもきっとあったと思う。
それでも腐らず、NICOは活動を続けてきて、私が少しはなれていた間にも、少しずつ少しずつ、お客さんを増やしていって、そんな積み重ねがあの武道館につながったんだと思うと、本当に感慨深かった。
今までがんばってきてくれてありがとう。ずっといいバンドでいてくれて、ありがとう。
そんな身勝手なことを思うよ。


なんてちまちま書いてる間に夏が終わってしまった。
夏の思い出
地元の花火大会
那須旅行
人生初めての釣り
カンボジア&ベトナム旅行
スイートラブシャワー

遊びすぎw
社会人とは思えんな。

すてきな夏だった。きっと一生忘れないわ。

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ロンスケ復活ライブのこと

WRONG SCALE復活という、うれしいニュースがあって、
しかもバンアパと対バンなんて!行くしかねえ!と、そっこーでチケットとりました( ^ω^ 三 ^ω^ )

なんだかいい予感のする日でした。仕事は片付かなくて、逃げるように職場を出たのですが、コーストに向かう道はほんとに、いい気分で、なんでもない夕暮れの空気が、やけに甘くて。
ライブハウスなんて久しぶりすぎてどきどきでしたが、やっぱついてみたら妙にしっくりくるんです。
中に入ってステージ見たら、もう、うわーーーい!!!って気持ちが振り切れちゃって、たいへんでした。

大きい会場だってすきだし、なんでそんなライブハウスにみんなこだわりがあるのかなあって、思ったりしたこともあるんですけど、やっぱりライブハウスはライブハウスで、なにものにもかえられない場所なんだと、こころの底から初めて思いました。どうして今更!
歳取ったからかなあ。

ライブ自体久しぶりで、もう興奮を、抑えることができなくて、わたしったらやっぱりライブがすきなのねえと、またもや本当に今更な感慨にあふれていて、自分で自分に呆れてしまいました。
こんなにずっとライブ行き続けてるのに、未だに自分の気持ちに自信が持てなくなるときがあるんです。
冷めたのか?
意地なんじゃないのか?
でもそんなのほんとに、馬鹿らしいなって、今はそう思います。

ロンスケはベスト!!って感じのセトリでほんとかっこよかったーーー。演奏は、ライブを見たのは初めてだからなんとも言えないけど、完璧!じゃあなかったんじゃないかな。でも五年ぶりとは思えないすばらしさ。すごく練習したんやろな…
久しぶりにモッシュなどして、へとへとになりました。

復活の経緯は、主に原さんとバンアパのマネージャーさんの強引な勧誘という、あっさりしたものだったんですけど、そのなんの気負いも無い感じがライブにもすごくでていて、お客さんもうれしい、バンドもうれしいっていう、あったかい空気があふれてました。
それがうれしくて、こんな奇跡みたいなこと、そんなあっさり起こるんだって思ったら、嘘みたいで、もうね、なぜだか涙が止まりませんでしたよ笑

思いはきっと、みんな、あふれるほどにありすぎるんだろうけれど、それよりもっと、今のこの幸福感を味わい尽くすんだ!って、そんなライブでした。

解散してしまったバンドが復活すると、あぁ、生きてるといいことあるもんだな〜って、しみじみ思います。
形はなくなっても愛し続けた、ごほうびのような。
好きという気持ちはそうそう無くなるものじゃなくて、だから辛くもあるんだけど、こういうことがあると本当に、報われたような気持ちになりますね。

ああー。
ほんとに、いい日だったなあー。

あ、バンアパのライブはもちろんかっこよかったです☆彡.。
グルーヴってよくわかんないけど、バンアパ見てるとこれか!?これなのか!?って思います。がっちりかみあって骨太なのに、繊細でおしゃれな感じすらして、ずるいですね、バンアパは。
モズライトのまるみとジャズマスターのきらきらが掛け合っていて脳みそとろけそうでした(●´ω`●)

ロンスケは継続して活動するわけじゃないようで、とても残念です。でも原さんが月1で誘おうって言ってたから、きっとまたいつか会えるような気がします。
その時はきっとまた、生きてるといいこともあるもんだなあって、思えるようなライブがみたいです。
-  c.0  t.0

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